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第19回ARTBOX大賞展 結果発表
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求められる“いま”を生きている実感
藤田一人(美術ジャーナリスト)
“Live”。第19回アートボックス大賞展2009で掲げられたテーマには、様々 な意味が含まれているのだろう。が、昨今のように社会の価値観が揺れ動いてい るなかで、一人一人が如何なる生活を送り、何に喜び、怒っているのか?如何な る夢と希望または精神的葛藤を抱えているのか?まさに“いま”を生きていること の等身大の諸相が押し出されていくことが、最も求められているような気がす る。少なくとも、私個人的には……。
そんな期待を秘めながら、今回の審査に参加して、まず全体的な印象は、良く も悪くも、各々の作品が個々に程よく纏まっているということ。溌剌とした精神 的高揚も、激しい落胆もない。生々しい現実に執拗に食らいつくこともない。か と言って、奇想天外な空想の世界に浸りきるというわけでもない。自身の目の前 に展開されているささやかな現実と揺れ動く内的世界を行ったり来たりしている ような、私小説的世界観が色濃い。実に狭い世界に表現全体が収まっているの だ。故に、入選(最終審査受賞候補)15作家、各4点の出品作品には、多少の技 巧の優劣やセンス、スタイルの違いはあっても、表現としての決定的な差はな い。グランプリと準グランプリ、または、受賞と非受賞の選別も非常に微妙で あったことは確かだ。
準グランプリとなったのが乃青ミルカ。少女の 頭部から溢れ出る不思議な生き物に女性達、少女の頭の上に積みあがる怪しい蠢 き、少女の骸骨の内側に息づく記憶の情景、等々。銅板とリトグラフを併用した モノクロームによる幻想性豊かな寓話的世界は、版画作品として決して珍しいも のいではないが、その中に秘められた一種の崩壊感覚というべきものに、今日的 な若者の心理を垣間見る思いがする。ただ、願はくは、そんな“いま”を生きてい ることの、切実なリアリティを作品のどこかに反映させて欲しかった。
もう一人、印象的だったのが清水総二。画面いっぱいに浮かび上がる顔は、少 々左右に引き伸ばされたように目と目の間が離れ、のっぺりとして表情に乏し く、空虚な雰囲気を漂わせる。それが“いま”的な感性といえば言えるのだろう。 が、それが多分にスタイル化されていることが気になった。顔はあっても具体的 な人間像がそこにはないのだ。ただ、出品作に添えて提出された作品ファイルを 見ると、より率直に、個々の人物を捉える姿勢が感じられて好感が持てた。出品 作は勿論だが、そのファイルの印象が準グランプリを決定付けたところはある。
あと二名の準グランプリについては、今本千秋、近内美和子、柏木菜々子の三 名の日本画作品が、どれも一長一短で甲乙付けがたく、審査員の間でも議論を重 ねることになった。そんななか、まず今本の連作は、人間という存在を一定の形 に記号化し、その組み合わせによって、生き物の生態のようなものを表現しよう とする思考に興味がそそられた。それが一つの生命の世界観として、如何に表現 力を高めていけるかが今後の課題といっていいだろう。
また、大空に向かって伸びる樹の枝を描いた近内美和子の作品は、画面作りと すれば全体のなかでも最も洗練され、繊細な描写が目を惹いた。ただ、どこか既 成作品のイメージが強く、樹の枝と空という空間組み合わせに、独自の工夫が欲 しい。
それに対して、柏木は作家ファイルで見る風景画には、他の二人にはない大ら かな魅力を感じたが、出品作には総じて硬さが目立った。それが他の二人との差 になった。
同展の審査では、持ち込まれた4点の作品に作家提出のファイルを参考にし て、後日個展を開催するための可能性を見極めることが求められる。そのため、 他のコンクールの審査とは違い目の前の作品以外の要素を考慮しなければならな いのが難しいところだ。そういう意味では、提出作品にも、ファイルにも、とに かく自身の近年の作品に関する一貫した思考、問題意識が求められることは確か だろう。
その他、受賞には至らなかったが、鈴木宏明のどこか懐かしさを醸し出すパス テルによる風景画は、優しく、甘い感傷に満ちていて、理屈抜きで心和む世界を 展開していた。ただ、どの画面にも登場する猫が少々ワンパターンに感じられ た。もっと虚心坦懐に心に残る風景を直視した方が、観る者の感情移入も深まる というものだ。
様々な意味で先が見通せず、明日への希望よりも、不安の影が差す今日。同展 に集まった作品群も、そうした時代の空気を反映していることは確かだろう。た だ、全体的にそれに対して、切実に、真摯に立ち向かうのではなく、絵画という 形式や既成のスタイルに寄り添うような姿勢が圧倒的。では一体、各々の出品者 が、日々如何なる生活を送り、何を考え、何を望み、また悔やんでいるのか?本 来、世の表現者なる者には、そんな“いま”を生きる一人の人間としての等身大の 姿、心の葛藤のあり様が求められる。そういう意味で、今回の受賞者には、 “Live”なるテーマの意味をもう一度よく考え、来る個展に挑むことを期待する。