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皆様の記憶にもまだ新しい、小説「失楽園」の挿絵を手掛けた、創画会会員、大坂芸術大学教授である村松秀太郎の展覧会が開催されています。日本画、水墨、水彩など あらゆる技法で作品を制作し、多彩な世界を見せる村松氏から興味深いお話を伺いました。

プロフィール
1935年 静岡県清水市生まれ 1961年 東京藝術大学卒業、新制作協会展
初入選、以降毎年出品 1974年 新制作協会より日本画部が独立、
創画会となる。以降、毎年出品 1986年 個展(銀座・東京セントラル
美術館)1988年 筑波大学教授 1997年 「失楽園」(日本経済新聞社・渡辺 淳一著)挿絵 2001年 増上寺落慶法要天井画制作(中広間 『双龍と天女』) 2003年「家康と次郎長の握手」(村松友視著) 挿絵 現在、創画会会員、
大阪芸術大学教授
2007年9月30日より個展

本展の見どころ
外国旅行が多いが、あちこちのスケッチがある。
大学時代山岳部にいたので山が多い。
いろいろごちゃまぜの作品で面白いのではないか。
私もこのような展覧会は初めてだ。テーマの変遷
大学に入る前は横山大觀の夜桜に感動して、日本画家を志したが、
入学してから人間、しかも生死が根本思想。
また、四年生で安保闘争に入り、その延長のようなものを長い間やってきたが、今は仏画に興味をもってきた。もう終点に近付いたのかもしれない。失楽園挿絵のこぼれ話
詳しい話をするには二時間はかかる。
FAXの原稿が入って一晩勝負。エロチックな文章ですが、品があるので、ポルノにならないよう考えて描いた。
そもそも、失楽園の挿絵を手掛けるきっかけとなったのは、私の作品集を見た著者の渡辺淳一さんより頼まれた。
私の人物画ならおかしくならんだろうとのことでした。増上寺襖絵の制作秘話
中広間の襖絵は22mぐらいあり、もう出来ている襖に墨で描いたので苦労した。
もちろん9ヶ月ぐらい泊まり込んだ。「双龍と天女」だが
最終日の夜、皇女和の宮が私に会いに来てびっくりした。
左側の龍に入ったので、もう幽霊は出ないだろうとお寺の幹部のお坊さん達は云っていた。

 

山超菩薩
大阪の二上山から太陽が昇るところからヒントを得てこの絵を描いたそうです。
この菩薩は村松先生のイメージで描かれたそうです。

御来光(黄山)
村松先生の制作スタイルは徹底した現場主義。中国・黄山には何度も足を運ばれて、絵を描かれています。大きな絵具箱をしょって、大きな紙を持って行かれるそうです。

薔薇
先生がお住まいの千葉県市川市に薔薇の公園があり、そこでよく薔薇のスケッチを描かれるそうです。

作品一覧

アーティストが表現する山/年鑑
アーティストの心に刻まれた山のイメージはさまざま、独自のタッチで詩情あふれる山々が描かれています。著名な作家の作品から、現在活躍中の新進作家の前衛作品まで、多様な技法で表現された作品と作家を幅広くご紹介、世界に発信する一冊になっております。

あらゆる分野で精力的にご活躍されている村松先生。
作品から受ける印象と同様に力強いパワーを感じさせる素敵な先生でした。
これからのますますのご活躍、期待しております。

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